富士日記〈中〉 (中公文庫)作者: 武田百合子出版社/メーカー: 中央公論社発売日: 1997/05/18メディア: 文庫購入: 3人 クリック: 19回この商品を含むブログ (53件) を見る
(520)
昭和41年10月〜昭和44年6月までの日記。
上巻に書かれていた追突事故の後遺症が時々出てきてドキッとしますが、口述筆記をしたり旅行に同行するなど、忙しくも充実した日々。
作家である夫の手となり足となって暮らしていた様子が分かります。
>うどんに入れる玉ねぎを切ると、中まで凍っていてアイス玉ねぎであった。(73P)
>ここに暮らしていると、空や空間が広いからか、雨が一日中降ると、雨の中に浸されてしまっているような気分になる。水の中に沈んでゆくようだ。(131P)
ところどころにこういう文章が出てきてハッとさせられます。
四季折々の富士山の美しい様子の描写、独特の感性はとても素敵。
百合子さんの文章は天性のものだと改めて感じました。
またこちらが読んでスカッとするようなはっきりした態度の数々はこの巻でもけっこうあり、楽しませてもらいました。
そんな中、愛犬ポコの死について書かれている文章が印象的。
>ポコ、早く土の中で腐っておしまい。
足が悪かったりして病弱なところがあったのかもしれないけれど、6歳は早い・・・
あえて淡々とした文章を書かれたのかもしれませんが、それがなおさら悲しみを感じさせるようで切なくなりました。
あと著者が夜ふらふらと出て行って(理由があったんですが)管理所や近所の人達を巻き込んで捜索される場面は強烈に印象に残りました。
自宅に電話はひいてなく、もちろん携帯電話もない時代。
そのうえ霧が深くて、道が雨で濡れていてとなると心配するのは当然。
>「黙っていなくなる。それが百合子の悪い癖だ。黙ってどこかへ行くな」
「ごめんなさい。これからは黙っていなくなりません」
「とうちゃんに買ってもらった腕時計もちゃんとします」
「そうだよ。百合子は夜でも昼間と思ってふらふら出かける。時間の観念が全くゼロだ。今にとんでもない目に遭うぞ」
「はい」
怒りで蒼い顔になりぶるぶる震える夫の姿と二人の会話がなんともいえなかったです。
郵便番号制の導入、高速道路開通など時代の大きな変化も感じられました。
花火大会で空襲を思い出すというのは戦争を生き抜かれた方特有のものでしょうね。
祖父母達の世代だと同じように感じる方が多いんだろうなと想像しました。
残すは下巻のみ。
楽しみにじっくり読みたいです。