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2003年からの読書日記

物語の役割 (ちくまプリマー新書)作者: 小川洋子出版社/メーカー: 筑摩書房発売日: 2007/02/01メディア: 新書購入: 2人 クリック: 28回この商品を含むブログ (71件) を見る

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最近とても気になる作家、小川洋子さん。
多くの作品が出版されていますが、私がこれまで読んだのはまだ2作のみ。

初めて読んだのは『博士の愛した数式』でした。
第1回目の本屋大賞として話題になったのをずっと覚えていて手に取ったはず。
数学が苦手で数式にもほとんど縁のない私でしたが、大きく考え方が変わりました。
数式ってロマンティックな部分もあって美しいものだと思わせてくれる物語でした。

次に読んだ『ミーナの行進』。
私が生まれる前の話だったのに、なぜか懐かしい気がして不思議に思った記憶があります。
ユーモラスで楽しいエピソードもあちこちにありましたが、逆に切なかったり悲しい出来事もあり読みながら様々な感情が沸いてきたのを覚えています。



さて今回の本ですが、著者が講演会などで物語について語った話をまとめたものです。
小説とはまた違う雰囲気でしたがとても楽しめました。



物語を書くことはテーマが先にあって・・・となんとなく想像していた私ですが、そうやって考えて作る物語はむしろおもしろくないと小川さんは述べています。


>自分の思いを超えた、予想もしない何かに助けてもらわないと、小説は書けません。

>作家は小説の後ろを追いかけている

テーマは最初から存在せず後からついてくるものなんですね。
作家がテーマを掲げるものでなく、物語を読んだ人がそれぞれ感じるものというのも納得です。



>死んだ人と会話するような気持ち

物語を思い浮かべる時、まず場所や情景から入っていくという小川さん。
でもそこは既に廃墟になっているというのには驚きました。
廃墟に残された記憶をたどるようにしてじっくり過去を見つめ、物語を作っていくそうです。


また登場人物は皆死者であり、死んだ人々と会話している気持ちで書いているというのも、なんだか納得できました。
小川さんの文章を読むと必ずといっていいほど静かな印象を受けるのですが、それが少し分かったような気がします。



>誰もが物語を作り出している

これもなるほどと思いました。
作家は物語を意識的に言葉で表現することを職業にしていますが、実は誰にも日常生活の中、人生の中に物語はあるのだということ・・・
嬉しい時、楽しい時はもちろんそうですが、特に辛い時には物語が大きな助けになっていると気づかされました。

現実を自分が受け入れやすいように辛い記憶を変化させているという話はすごく共感。
小川さんが小学生の頃、物語が救ってくれたというエピソードは私が中学生の頃を思い出しました。
小川さんの経験とは違うタイプの辛い事でしたが、想像力で現実の自分を救おうとしていたのは全く同じ。
無意識のうちに必死に物語を考えていた当時の自分を振り返るといとおしく思います。



小川さんの子どもの頃の愛読書もいくつか紹介されていてうれしかったです。
私は『トムは真夜中の庭で』を大人になって読みましたが、思春期の頃に読んでいたらもっとよかったと思ったくらい。
『ファーブル昆虫記』は子ども時代に楽しく読んだ記憶があるので、今再読したらどう感じるのか興味があります。


そしてホロコースト文学!
いつか読もう、読もうと思いながら先延ばしにしていましたが(もし読んだとしても現実を直視する勇気がないような気がして)本書で力をもらいました。

『夜と霧』『アンネの日記』(『アンネの〜』はダイジェスト版でずっと以前に読みましたが)はぜひ手に取ってみたいと思います。


他にも気になる本がいくつか。
『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』、著者の本の『まぶた』はとても読んでみたくなりました。


静かな語り口の中にも物語への向き合い方、熱い思いがふつふつと感じられる文章でした。
小川洋子さん、ますます気になる作家になりました。